「取適法の外側」にも支払60日ルール ― 大企業間の製造委託を捉える新・特殊指定

公正取引委員会が独禁法の告示で支払遅延を規制、施行は2027年4月

この記事でわかること

  • 公正取引委員会が、取適法(旧・下請法)の対象外となる製造委託等の取引にも「受領日から60日以内の支払い」を義務づける新しい特殊指定を指定したこと
  • この規制が、資本金・従業員基準を満たさない大企業同士の取引を捉える点と、その適用には受注者側の「取引上の地位の劣後」が前提となる点
  • 取適法・独占禁止法の優越的地位濫用規制との適用関係、および違反時のエンフォースメント
  • IPO準備企業・上場会社が2027年4月の施行までに点検すべき支払条件・契約・内部統制の論点

1. 何が公表されたのか

公正取引委員会は2026年6月18日、「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」の運用基準(事務総長通達第10号)を公表しました。これは、同委員会が独占禁止法にもとづく特殊指定として指定した令和8年公正取引委員会告示第3号(以下「支払告示」)の解釈を示すもので、告示・運用基準ともに2027年(令和9年)4月1日から施行されます。

特殊指定とは、特定分野の特定の行為を独占禁止法2条9項6号の「不公正な取引方法」に当たると定める告示です。今回の支払告示は、発注者(委託事業者)が、正当な理由がある場合を除き、給付を受領した日から起算して60日を経過してもなお代金を支払わない行為(支払遅延)を禁止します。代金は現金またはこれに準ずる支払手段で支払う必要があり、電子記録債権やファクタリング等がこれに準ずる手段として挙げられています。

ここで実務家が押さえておきたいのは、この規制が2026年1月に全面施行された取適法とは別の枠組みだという点です。取適法(正式名称・製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)は、製造委託等の取引のうち、当事者の資本金または従業員数が一定の区分に当てはまるもの(典型的には大企業から中小企業への委託)を規制対象とします。裏を返せば、双方が大企業であるなど規模要件を満たさない取引は取適法の対象外でした。

支払告示は、この「取適法の外側」に残っていた製造委託等の取引を、支払条件の面から捉えにきたものです。運用基準は、規模要件を満たさない事業者間であっても、代金の支払者という地位を前提に支払の繰延べによる負担を押し付けやすい状況が見られると指摘しています。つまり、これまで取適法の資本金・従業員基準で「対象外」と整理してきた大企業同士の委託取引についても、支払サイトに関しては新たな規律が及ぶことになります。この規制が形になるまでの流れは、次のとおりです。

図表01
支払告示ができるまで
2024.12
企業取引研究会 報告書
サプライチェーン全体での支払条件適正化・価格転嫁を課題として提示
2025.5
改正法 成立・公布
下請法を改正し「取適法」へ(同年5月16日成立・23日公布)
2026.1
取適法 全面施行
規模要件を満たす製造委託等を対象に、手形払原則禁止・協議義務等を規律
2026.3
支払告示案・運用基準案 公表
意見募集(パブリックコメント)と公聴会を実施
2026.6
告示・運用基準 成案
令和8年告示第3号/運用基準(6月18日 事務総長通達第10号)
2027.4
支払告示 施行
2027年(令和9年)4月1日から適用開始

図表01:支払告示に至る制度化の経緯(公正取引委員会・中小企業庁の公表資料にもとづき作成)

1-1. 「対象外なら自由」ではない ― 適用の前提となる劣後性

もっとも、支払告示は大企業間のあらゆる取引を無条件に縛るものではありません。告示が適用される受託事業者からは、「取引上の地位が委託事業者に対して劣っていないと認められる者」が除かれます。劣後しているかどうかは、受注者の取引依存度、発注者の市場における地位、受注者にとっての取引先変更の可能性、その他その発注者と取引する必要性を示す具体的事実を総合的に勘案して判断されます。これは独占禁止法の優越的地位濫用規制における考慮要素と同じ発想です。

運用基準は、発注者より事業規模が小さい受注者は、その商品・役務が高い希少性を持つなどの特段の事情がない限り、原則として告示の受託事業者に該当するとしています。さらに、事業規模が同等以上の受注者であっても直ちに「劣っていない」とは認められず、取引依存度の高さなどから劣後性が認定されうるとしています。規模の大小だけで対象の内外を線引きできない構造になっている点は、実務上の判断を難しくします。

図表02
どの取引が新たに捕捉されるか
製造委託等の取引を、規模要件と受注者の劣後性で3層に整理
製造委託等の取引全体
取適法の対象
資本金・従業員の規模要件を満たす製造委託等(大企業→中小企業 等)。手形払原則禁止・協議義務を含め包括的に規律。
2027.4〜 新規
支払告示で捕捉
規模要件を満たさない製造委託等(大企業同士を含む)のうち、受注者の取引上の地位が劣後するもの。支払遅延(60日ルール)を規律。
対象外
受注者の取引上の地位が委託事業者に劣っていないと認められる取引。ただし個別に独占禁止法の優越規制が及ぶ余地は残る。

図表02:支払告示の適用範囲(運用基準の規定にもとづき作成)

参考: 公正取引委員会「『製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法』の運用基準」(令和8年6月18日 事務総長通達第10号) https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/shiharai.html

1-2. 取適法との対比

取適法と支払告示の関係を整理すると、次のようになります。

別表01
取適法と支払告示の対比
取適法支払告示
施行2026年1月2027年4月
法的根拠取適法(独禁法の補完法)独占禁止法2条9項6号の特殊指定(告示)
主な対象規模要件を満たす製造委託等(大→中小 等)規模要件を満たさない製造委託等(大企業同士を含む)
適用の前提資本金・従業員基準に該当すること受注者の取引上の地位が劣後していること
支払期日受領日から60日以内受領日から60日以内
支払手段現金等(手形払は原則禁止)現金またはこれに準ずる手段
主な規律範囲支払・受領・減額・買いたたき等を包括的に規律支払遅延(60日ルール)に焦点

別表01:取適法と支払告示の対比(取適法および運用基準の規定にもとづき作成)

支払告示は支払遅延の一点に絞られており、取適法のように受領拒否・減額・買いたたきまで包括的に規律するものではありません。あくまで、優越的地位の濫用のうち支払条件に関する部分を、取引の実態に即して簡易・迅速に規制するためのルールという位置づけです。今回の一連の見直しは、座長を神田秀樹・東京大学名誉教授が務めた「企業取引研究会」の報告書で示された、サプライチェーン全体での支払条件の適正化という課題への対応として進められてきたものです。


2. 実務家として注目すべき論点

2-1. 「取適法チェック」の射程を広げる必要

2026年1月の取適法施行に向けて、多くの企業が支払条件や契約書式を見直してきました。その際、資本金・従業員基準にもとづき「取適法の対象取引か否か」で仕分けし、対象取引だけを重点的に管理してきた企業も少なくないと考えられます。

支払告示は、この仕分けの外側にあった取引を捉えます。したがって、支払サイトの管理を取適法の対象取引に限定していた企業は、少なくとも支払期日については、規模要件で対象外としていた製造委託等の取引まで点検範囲を広げる必要が生じます。特に、双方が大企業であることを理由に取適法の枠外と整理していた委託取引は、施行後は支払告示の視点で再確認する対象になります。

2-2. エンフォースメントと適用関係

支払告示違反は、独占禁止法上の不公正な取引方法に当たります。運用基準は、告示と取適法・フリーランス法のいずれにも違反する行為には原則としてこれらの法律を優先して適用するとし、また優越的地位の濫用として独占禁止法2条9項5号で排除が図られる場合には重ねて告示を適用しないとしています。複数の規律が重なり合う構造のため、自社の取引がどの枠組みに当たるかを整理しておくことが実務対応の出発点になります。

支払告示が独占禁止法の告示である以上、違反が認定されれば排除措置命令の対象となり、事業者名が公表される可能性があります。取適法の勧告・社名公表と同様に、レピュテーション上のリスクを伴う点は意識しておく必要があります。

2-3. 「正当な理由」の作り込み

支払告示は、60日を超える支払いを一律に禁じるものではなく、「正当な理由がある場合」を除いて支払遅延を禁止する構造です。運用基準は、正当な理由の例として、受注者の帰責事由がある場合、委託にあたって受注者との合意により合理的な支払条件を定めた場合、あらかじめ同意を得たうえで支払遅延により受注者に通常生ずべき損失を発注者が負担する場合を挙げています。

ただし、ここでいう合意・同意は、当事者の実質的な意思が合致していることを指し、受注者が十分な協議のうえ納得して合意していることが求められます。形式的に合意の体裁を整えるだけでは足りず、発注者が事実上同意を余儀なくさせていると認められる場合は「同意を得て」いるとは扱われません。検収に通常必要な期間や、資金調達コストを代金額に反映した場合など、合理的な理由にもとづく期日設定は認められますが、その根拠を取引の実態に即して説明できるようにしておくことが重要です。


3. IPO準備企業・上場会社への示唆

上場審査では、法令等遵守の体制や内部統制の整備・運用状況が確認されます。継続的な製造委託・情報成果物作成委託・役務提供委託を行う発注側の企業にとって、支払条件の適正化は取引先管理・コンプライアンス体制の一部として審査でも見られうる論点です。

支払告示の施行は2027年4月1日であり、準備期間として相応の時間が残されています。上場申請のスケジュールが施行時期に重なる、あるいはまたがる企業は、次のような点を早めに点検しておくことが考えられます。

第一に、支払サイトの運用です。「毎月末締め・翌々月10日払い」のような月単位の締切制度は、受領日から支払日までが60日を超える月が生じ得ます。取適法対応で支払サイトを見直した企業でも、対象を取適法の適用取引に限定していた場合は、規模要件で外していた製造委託等まで運用の射程を広げる必要があります。

第二に、基本契約書・発注書式の支払条項です。支払期日を受領日起算60日以内に収める条項設計、現金またはこれに準ずる手段での支払い、60日を超える期日を設ける場合の合理的理由と受注者との実質的な合意の記録化が論点になります。

第三に、検収から支払いまでの社内フローと経理連携です。運用基準は、社内の検収手続の遅延によって60日を超えた場合も支払遅延に当たり得るとしています。請求書の到着が遅れても支払期限は受領日を起点に進む、という前提を関連部署で共有し、検収データの経理連携を迅速化しておくことが実務対応の要になります。

取適法の全面施行に続く今回の支払告示は、支払条件の適正化を求める規律が取適法の枠を超えて広がる動きの一環です。自社が発注者として関与する製造委託等の取引を、規模要件による仕分けから一度離れて棚卸ししておくことが、施行に向けた準備の第一歩になります。


参考文献・一次資料一覧

政府・公的機関

報道・記事


本記事は、IPO準備に携わる実務家向けに、公表された制度改正の要点を整理したものです。記載内容は公表資料等にもとづいており、個別の取引への当てはめや最終的な適用の可否については一次資料および専門家の確認をお願いします。

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