IPO審査で問われる贈収賄リスク管理

東大教授逮捕事件に学ぶ「みなし公務員」の盲点

2026年1月、東京大学大学院教授が収賄容疑で逮捕されました。共同研究の見返りに、銀座の高級クラブや吉原のソープランドで約180万円相当の接待を受けていたとされています。注目すべきは、接待した側の民間企業代表も「贈賄」の疑いで任意捜査を受けている点です。あまり上場準備やIPO審査と関係のあるニュースではないように思えますが、実はそうではなく、記事にしてみます。

「うちは公務員と取引していないから関係ない」──と、上場準備中のCFOの方によく言われたりしますが、実は、国立大学や独立行政法人の職員は「みなし公務員」として収賄罪の適用対象となります。産学連携や共同研究を行う企業にとって、これは他人事ではありません。

IPO審査において、贈収賄リスクの管理体制は内部統制の重要な評価項目です。本稿では、見逃されがちな「みなし公務員」を中心に、IPO準備会社が押さえるべき贈収賄リスクを解説します。


1. 贈収賄リスクとIPO審査

贈収賄とは

贈収賄とは、公務員がその職務に関して賄賂を受け取る「収賄」と、賄賂を渡す「贈賄」の総称です。

収賄罪(刑法197条)は、公務員が職務に関して賄賂を受け取る犯罪です。ここでいう「賄賂」とは、現金だけでなく、接待、贈答品、旅行、その他の利益供与を含みます。重要なのは、実際に不正な便宜を図ったかどうかは問われない点です。職務に関連して賄賂を受け取った時点で犯罪が成立します。

贈賄罪(刑法198条)は、公務員に賄賂を渡す犯罪です。「相手が求めてきたから」「業界の慣行だから」といった理由は免責にはなりません。渡した側も処罰対象となります。

この「公務員」には、国家公務員・地方公務員だけでなく、法律により公務員とみなされる「みなし公務員」も含まれます。国立大学法人や独立行政法人の職員がこれに該当し、今回の東大教授逮捕事件もこのケースです。

なお、外国公務員への贈賄は、不正競争防止法18条で禁止されています。2024年4月の法改正により厳罰化され、個人には10年以下の懲役または3,000万円以下の罰金、法人には10億円以下の罰金が科される可能性があります。

図表1

贈収賄に関する法規制と刑罰

類型 根拠法 刑罰(個人) 刑罰(法人)
国内公務員への贈賄 刑法198条 3年以下の懲役又は250万円以下の罰金 なし
国内公務員の収賄 刑法197条 5年以下の懲役
外国公務員への贈賄 不正競争防止法18条 10年以下の懲役又は3,000万円以下の罰金 10億円以下の罰金
外国公務員贈賄は2024年4月の法改正で厳罰化。法人両罰規定があるため、会社自体も刑事責任を問われます。

なぜ贈収賄が問題になるのか

贈収賄は、企業にとって以下の重大なリスクをもたらします。

第一に、刑事責任です。贈賄罪が成立すれば、行為者個人だけでなく、法人も両罰規定により処罰される可能性があります。

第二に、レピュテーションリスクです。贈収賄事件が報道されれば、企業イメージは大きく毀損されます。上場後であれば株価への影響も避けられません。以下のようなリクルート事件が大きく問題になった代表的な事例ですね。

第三に、取引関係の喪失です。コンプライアンス違反を理由に、取引先から契約を解除されるケースも少なくありません。

IPO審査における評価ポイント

主幹事証券会社や取引所は、上場審査において内部管理体制の整備状況を確認します。贈収賄防止に関しては、以下の点が問われます。

  • 贈収賄リスクを認識し、適切な規程を整備しているか
  • 規程が実効的に運用されているか(教育・モニタリング)
  • 取引先の属性を把握し、リスクに応じた管理を行っているか

「知らなかった」「悪意はなかった」では済まされない項目です。このような体制の不備自体が、上場適格性を疑われる要因となります。

参考:贈収賄が企業経営に影響を与えた事例

リクルート事件(1988年)

リクルートの創業者が、関係会社リクルートコスモスの未公開株を政財界のキーパーソンに譲渡し、上場後の値上がり益を得させていたことが発覚しました。この利益が賄賂と認定され、創業者は会社を去ることになりました。リクルートは約1兆4,000億円の負債を抱え、優良事業や所有ビルの多くを売却せざるを得ませんでした。

リクルート事件は、戦後最大の汚職事件と言われたような事件ですが、このような事例が示すように、贈収賄は企業の存続そのものを脅かすリスクとなり得ます。


2. 事例:東大教授収賄事件の概要

参考記事

事件の経緯

2026年1月24日、警視庁は東京大学大学院医学系研究科の教授(62歳)を収賄容疑で逮捕しました。

容疑の概要は以下のとおりです。

  • 期間:2023年3月〜2024年8月
  • 内容:大麻草由来成分(カンナビノイド)に関する共同研究講座の設置・運営において便宜を図った見返りに、一般社団法人の代表理事から接待を受けた
  • 接待の実態:銀座の高級クラブ、台東区のソープランドで約30回、計約180万円相当

なぜ収賄罪が成立するのか

国立大学法人の職員は「みなし公務員」にあたり、収賄罪の適用対象となります。教授が担当する共同研究講座の設置・運営は「職務」に該当し、これに関連して賄賂を受け取れば収賄罪が成立します。

重要なのは、上記で解説しているとおりに、実際に不正な便宜を図ったかどうかは問われない点です。職務に関連して賄賂を受け取った時点で、犯罪は成立します。

民間企業側も捜査対象に

見落としてはならないのは、2026年1月25日時点で、接待した側の民間企業代表も「贈賄」の疑いで任意捜査を受けている点です。

贈賄罪は、賄賂を渡した側を罰する犯罪です。「相手が求めてきたから応じただけ」という弁解は通用しません。共同研究の相手が「みなし公務員」に該当する場合、過度な接待は贈賄罪のリスクを伴います。

図表2

収賄罪・贈賄罪の構造

民間企業
贈賄者
例:共同研究先の企業
賄賂を渡す
公務員等
収賄者
例:国立大学教授
贈賄罪
3年以下の懲役又は250万円以下の罰金
収賄罪
5年以下の懲役
接待した側(民間企業)も贈賄の疑いで捜査対象となります。「相手が求めた」は免責理由になりません。

3. 見逃しがちな「みなし公務員」

みなし公務員とは

「みなし公務員」とは、法律により公務員とみなされ、刑法の収賄罪・贈賄罪の適用対象となる者をいいます。正式な公務員ではありませんが、公共性の高い業務に従事しているため、公務員に準じた廉潔性が求められます。

該当する主な組織

以下の組織の職員は、みなし公務員に該当する可能性があります。

図表3

みなし公務員に該当する主な組織

組織区分 具体例
国立大学法人産学連携で要注意 国立大学の教職員全般、附属病院の医師・看護師、附属研究所の研究員
独立行政法人共同研究で要注意 産業技術総合研究所、理化学研究所、国立病院機構、JETRO、IPA 等
特殊法人・認可法人 日本銀行、NHK、JRA、日本年金機構 等
公益法人等 指定試験機関・指定検査機関の職員、特定業務を行う公益財団法人・公益社団法人の職員

共同研究・産学連携の落とし穴

IPO準備会社にとって特に注意が必要なのは、産学連携・共同研究の場面です。

国立大学や国立研究開発法人との共同研究は、技術開発やブランディングの観点から魅力的です。しかし、その相手方の研究者は「みなし公務員」です。以下のような行為は、贈賄罪に該当するリスクがあります。

  • 共同研究の相手方研究者への過度な接待
  • 研究者個人への謝礼・贈答品
  • 研究とは無関係な便宜供与(旅行、ゴルフ等)

「研究者との関係構築のため」「業界の慣行だから」という理由は、法的には何の免責にもなりません。 このような大学との連携を行っている会社は上場審査上、しっかりとルールを作っていく必要があります。


4. その他の注意すべき贈収賄リスク

外国公務員への贈賄

不正競争防止法18条は、外国公務員等に対する贈賄を禁止しています。海外展開を行う企業、または将来的に海外進出を予定している企業は留意が必要です。

対象となる「外国公務員等」には、以下が含まれます。

  • 外国の政府・地方公共団体の職員
  • 外国の政府関係機関(公営企業等)の職員
  • 国際機関の職員

2024年4月の法改正により厳罰化され、個人には10年以下の懲役または3,000万円以下の罰金(併科あり)、法人には10億円以下の罰金が科されます。また、日本企業の外国人従業員が国外で単独で贈賄を行った場合も処罰対象に加わりました。

なお、刑法の贈賄罪(国内公務員向け)には法人処罰の規定がありませんが、外国公務員贈賄罪には法人両罰規定があります。つまり、外国公務員への贈賄は会社自体も刑事責任を問われる点に注意が必要です。

国内取引が中心の企業であっても、IPO後の成長戦略として海外展開を掲げる場合は、審査において外国公務員贈賄防止の体制整備を求められることがあります。

取引先従業員への過剰接待

なお、当然ですが、公務員・みなし公務員以外であっても、取引先の従業員に対する過剰な接待には注意が必要です。

取引先の従業員が、自社に有利な取り計らいの見返りに接待を受ければ、当該従業員は会社に対する背任罪に問われる可能性があります。そして、接待した側は「背任の教唆」として共犯に問われるリスクがあります。

この論点は交際費管理全般に関わるため、別稿で詳しく解説しますね。


5. IPO準備会社が整備すべきルール

交際費管理規程における贈収賄防止の視点

多くの企業は交際費管理規程を整備していますが、「金額の上限」や「承認フロー」に焦点が当たりがちです。贈収賄防止の観点からは、そもそもそ、公務員やみなし公務員などを判定するプロセスが必要になるため、以下の視点を盛り込む必要があります。

接待相手の属性確認

  • 接待相手が公務員・みなし公務員に該当するか確認するプロセス
  • 該当する場合の禁止事項または厳格な承認フロー

禁止行為の明確化

  • 公務員等への接待・贈答の原則禁止

記録の保持

  • 接待の目的、相手方の所属・役職、金額等の記録
  • 事後的な検証を可能にする証跡管理

具体的な規程の文言例については、本稿末尾の【図表5:規程における贈収賄禁止条項の文言例】を参照してください。

取引先スクリーニングの仕組み

取引開始時および定期的に、取引先が以下に該当するかを確認する仕組みを設けることが望ましいです。

  • 国・地方公共団体
  • 国立大学法人、独立行政法人
  • 特殊法人、認可法人
  • その他、みなし公務員規定のある組織

該当する取引先との間では、接待・贈答に関する社内ルールを厳格に適用します。 特に産学連携をしている会社は留意が必要ですね。

社内教育・周知

ルールを整備しても、現場に浸透していなければ意味がありません。以下の取り組みが有効です。

  • 入社時研修での贈収賄防止教育
  • 定期的なコンプライアンス研修
  • 具体的な事例(本件のような報道事例)を用いた注意喚起
  • 疑問がある場合の相談窓口(通常は管理部かと思います。)の明確化
図表4

IPO準備会社が確認すべきチェックポイント

  • 1
    取引先の属性スクリーニング
    取引先が公務員・みなし公務員に該当するか、取引開始時および定期的に確認する仕組みがあるか
  • 2
    交際費管理規程の整備
    公務員等への接待・贈答の禁止または制限が明文化され、違反時の処分が規定されているか
  • 3
    承認フローの厳格化
    公務員等に該当する相手への支出は、通常より上位の承認権限を必要とするフローになっているか
  • 4
    記録・証跡の保持
    接待の目的、相手方の所属・役職、金額等を記録し、事後検証可能な状態で保管しているか
  • 5
    社内教育・研修の実施
    贈収賄リスクに関する研修を定期的に実施し、具体的な事例を用いて周知しているか
  • 6
    相談窓口の設置
    判断に迷う場合の相談先が明確になっており、現場が気軽に相談できる体制があるか
図表5

規程における贈収賄禁止条項の文言例

交際費管理規程(抜粋)
第○条(公務員等に対する接待等の禁止)

役職員は、国家公務員、地方公務員、みなし公務員(国立大学法人、独立行政法人、特殊法人その他法令により公務員とみなされる法人の役職員をいう。以下同じ。)又は外国公務員等に対し、その職務に関し、接待、贈答その他の利益供与を行ってはならない。

第○条(取引先の確認)

役職員は、取引先に対して接待又は贈答を行おうとする場合、事前に当該取引先が前条に定める公務員等に該当しないことを確認しなければならない。

2 前項の確認に際し疑義がある場合は、管理部門に相談するものとする。

第○条(共同研究先等に関する特則)

国立大学法人、独立行政法人その他の公的研究機関との共同研究、委託研究又は技術指導に関連して、当該機関の役職員に対し、以下の行為を行ってはならない。

  • (1)飲食を伴う接待
  • (2)金銭、金券又は物品の贈与
  • (3)旅行、ゴルフその他の遊興への招待
  • (4)その他社会通念上、賄賂と疑われるおそれのある利益供与
第○条(違反した場合の措置)

本規程に違反した役職員は、就業規則に基づく懲戒処分の対象となる。

※ 上記は一般的な文言例です。自社の事業内容や取引先の特性に応じて、管理部門・顧問弁護士と協議の上、適切な内容に調整してください。


まとめ

本稿のポイントを整理します。

  1. 贈収賄リスクはIPO審査の重要項目です。体制不備は上場適格性を疑われる要因となります。

  2. 国立大学・独立行政法人等の職員は「みなし公務員」です。これらの者への接待・贈答は贈賄罪のリスクを伴います。

  3. 産学連携・共同研究は要注意です。研究者との「関係構築」名目の接待が、贈賄に該当する可能性があります。

  4. 接待した側も捜査対象となります。「相手が求めた」は免責理由になりません。

  5. 交際費管理規程に贈収賄防止の視点を盛り込み、取引先の属性確認と社内教育を徹底してください。

IPO準備の過程で、自社の取引先に「みなし公務員」が含まれていないか、改めてご確認ください。 参考になれば幸いです。

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執筆者

石塚 康一

Koichi Ishizuka

株式会社プライムコンサルティング 代表取締役/公認会計士

北海道大学農学部を卒業後、監査法人トーマツ 旧トータルサービス事業部入所。IPO監査に一貫して従事し、その後、野村證券投資銀行部門へ転職。公開引受部・法人営業部門にて、IPOアドバイザリーや、IPO準備企業の発掘、オファリングの支援等を行う。2024年、株式会社プライムコンサルティングを創業し、独立した立場からIPOの伴走を行う。

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