ベンチャーデット(新株予約権付融資)の会計処理を解説──区分法の適用・仕訳の考え方からIPO準備の注意点まで

はじめに──ベンチャーデットの会計処理が今、問われる理由

ベンチャーデット(新株予約権付融資)とは、金融機関等がスタートアップに融資を行うと同時に新株予約権の割当を受ける資金調達スキームです。エクイティとデットの中間的な性質を持つこの手法は、即時の株式希薄化を回避できる点で昨今、スタートアップから注目されています。

2026年2月19日、全国銀行協会は「新株予約権付融資に関する検討会報告書」を公表しました。みずほ銀行・三菱UFJ銀行・三井住友銀行をはじめとする主要行の実務担当者、法律・会計の有識者が委員として参加し、金融庁・法務省がオブザーバーとして加わった検討会の成果物です。

同報告書では、ベンチャーデットにおける利息制限法・出資法上の法務面の課題──新株予約権の「利息」該当性、上限金利の確認方法、期限前弁済時の取扱い──が包括的に整理されました。銀行側の法的リスクに一定の見解が示されたことで、ベンチャーデットの普及が加速する見通しです。

しかし、同報告書は「会計面については検討対象外」と明記しています。法務面のハードルが下がった今こそ、発行体であるスタートアップ側が押さえるべき会計処理の論点を整理しておく必要があります。

本記事では、ベンチャーデットの会計処理について、IPO準備企業の実務担当者の視点から要点を解説します。

この記事でわかること

  • ベンチャーデットに適用される会計基準(金融商品会計基準)とその理由がわかる
  • ストック・オプション会計基準の「未公開企業の特例」が使えない理由がわかる
  • 区分法による評価・仕訳の考え方と、IPO準備で陥りやすい誤りがわかる

ベンチャーデットのスキーム概要

ベンチャーデット(新株予約権付融資)は、金融機関等がスタートアップに対して融資を行うと同時に、スタートアップが当該金融機関等に新株予約権を割り当てる仕組みです。

全銀協報告書が整理した一般的な特徴は次のとおりです。

  • 融資契約と新株予約権割当契約を別々に作成し、同時期に締結する
  • 新株予約権には上場やM&Aといった権利行使条件が設定される
  • 新株予約権は無償で貸手に割り当てられる
  • 融資完済後も貸手は新株予約権を保有し、権利行使が可能である
  • 行使価格は割当時点の株式時価に設定されることが多い

借手(スタートアップ)にとっては、即時の株式希薄化を回避しつつ資金調達ができるメリットがあります。一方、貸手(金融機関等)にとっては、将来のキャピタルゲインによってリスクに見合うリターンを確保できます。新株予約権の割当を交渉材料として金利条件が軽減されるケースも多いです。

全銀協が正会員112行を対象に実施したアンケート(有効回答75行、2025年5月末時点)によれば、10行がすでに取扱済み、31行が今後検討予定と回答しており、銀行側の関心は高まっています。

ベンチャーデットに適用される会計基準の判断──3つのステップ

【図1】ベンチャーデットに適用される会計基準の判断フロー

STEP 1 複合金融商品に該当するか?

融資(金融負債)と新株予約権(払込資本を増加させる可能性のある部分)の組み合わせ

該当する → 金融商品会計基準(企業会計基準第10号)を適用
STEP 2 一括法か区分法か?

融資と新株予約権は別個に存在し得る(融資返済後も新株予約権が残存)

区分法を適用(一括法は転換社債型のみ → ベンチャーデットには不適切)
STEP 3 SO基準の未公開企業の特例は使えるか?

SO基準(企業会計基準第8号)第3項:「他の会計基準の範囲に含まれる取引」には適用しない

適用対象外 → 本源的価値の特例(SO基準13項)は使えない
金融商品会計基準に基づき、区分法で会計処理

※ 新株予約権のオプション価値を算定し、融資部分と区分して計上する必要があります

ベンチャーデットの会計処理を検討するにあたり、まず「どの会計基準が適用されるのか」を明確にする必要があります。以下の3ステップで判断します。

(1)ステップ1:複合金融商品に該当するか

企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下「金融商品会計基準」)では、金融資産・金融負債およびデリバティブ取引に係る契約を総称して「金融商品」とし、複数種類の金融資産または金融負債が組み合わされた「複合金融商品」もその範囲に含めています。

ベンチャーデット(新株予約権付融資)は、金融負債である融資と、払込資本を増加させる可能性のある新株予約権が組み合わされたスキームです。実態としては、新株予約権付社債における社債部分が融資に置き換わったものといえ、複合金融商品に該当すると考えられます。

さらに、新株予約権が付されていることから、企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(以下「複合金融商品適用指針」)を準用して会計処理することになります。

(2)ステップ2:一括法か区分法か

複合金融商品の会計処理には「一括法」と「区分法」の2つの方法があります。

一括法が認められるのは、転換社債型新株予約権付社債に限られます。転換社債型は、社債と新株予約権がそれぞれ単独で存在し得ないこと、および新株予約権が付された社債を当該新株予約権行使時の出資の目的とすることが明確にされたものであり、かつての転換社債と経済的実質が同一であるため、一体処理が認められています。

これに対し、ベンチャーデットは、融資を返済しても新株予約権が残存するなど、融資と新株予約権がそれぞれ単独で存在し得ます。したがって、一括法の適用は適切ではなく、区分法を適用すべきと考えられます。

この点は、「その他の新株予約権付社債」(社債と新株予約権が別個に存在するタイプ)と同様の整理です。その他の新株予約権付社債は、払込資本を増加させる可能性のある部分とそれ以外の部分がそれぞれ存在し得ることから、取引の実態を適切に表示するため区分処理が求められています。

(3)ステップ3:ストック・オプション会計基準は適用されるか──ベンチャーデットの会計処理で最も間違いやすいポイント

ここが実務上最も間違いやすいポイントです。

企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「SO基準」)第13項では、未公開企業について、ストック・オプションの公正な評価単価に代えて「本源的価値」(=自社株式の時価−行使価格)で会計処理できるという特例を設けています。

行使価格を株式時価に設定している場合、本源的価値はゼロとなり、この特例を適用すると新株予約権の価値は計上されません。

しかし、SO基準第3項は、「他の会計基準の範囲に含まれる取引」についてはSO基準を適用しないと明記しています。

ベンチャーデットは、上述のとおり金融商品会計基準が適用される複合金融商品ですので、SO基準の適用対象外となります。したがって、未公開企業であっても、SO基準第13項の本源的価値による特例は使えません。

Important

ベンチャーデット(新株予約権付融資)は金融商品会計基準が適用される複合金融商品であり、ストック・オプション会計基準(SO基準)の適用対象外です。未公開企業の本源的価値による特例(SO基準13項)は使えません。

ベンチャーデットの会計処理──区分法による評価と仕訳

(1)融資部分と新株予約権部分の分け方

区分法では、ベンチャーデットの払込金額を、融資の対価部分と新株予約権の対価部分に分ける必要があります。金融商品会計基準(注15)では、以下の2つの方法が示されています。

  • 方法A:融資および新株予約権の払込金額(または合理的な見積額)の比率で配分する方法
  • 方法B:算定が容易な一方の対価を決定し、払込金額から差し引いて他方を算定する方法

ただし、複合金融商品適用指針第43項なお書きでは、融資と新株予約権のそれぞれの払込金額が経済的に合理的な額と明らかに乖離するときは、払込金額の比率で配分する方法は適当ではないとされています。

ベンチャーデットでは、新株予約権の割当により金利が軽減されているケースが多いです。このような場合、新株予約権には経済的価値が存在するにもかかわらず、払込金額はゼロです。したがって、払込金額の比率(新株予約権=0、融資=全額)でそのまま配分するのは不適切であり、方法Bを適用して新株予約権のオプション価値を直接算定することが実務上は多いと考えられます。

(2)オプション価値の算定──BSモデルのパラメータ

新株予約権のオプション価値の算定には、ブラック・ショールズモデル(BSモデル)が実務上広く用いられています。この点は、全銀協報告書が法務面(上限金利チェック)の観点から整理した内容とも共通します。

【図2】BSモデルの主なパラメータ
パラメータ概要未上場スタートアップでの設定
株価(原資産価格)新株予約権の行使により取得する株式の時価直近のファイナンス価格を用いることが多いです。ファイナンスから時間が経過している場合はDCF法・マルチプル法等も検討します
権利行使価格新株予約権を行使する際に払い込む金額割当時点の株式時価に設定されることが一般的です(新株予約権割当契約に記載)
期間割当日から想定される行使時期の期限まで期間が長いほどオプション価値は高くなります
ボラティリティ株価の変動率(標準偏差)上場している類似企業の株価変動率を参照します。グロース市場銘柄の変動率を使用するケースもあります
無リスク利子率現在価値の算定基礎となる利子率対応する期間の国債利回り等を使用します
権利行使条件の充足確率上場やM&A等の条件が充足する確率過去の統計データ等から類似スタートアップの条件充足確率を引用します

※ 全銀協報告書の整理内容をもとに、会計上の評価の視点から再構成

なお、全銀協報告書では、法務面の評価と会計上の評価は「その目的や性質が異なることから、双方の算定方法やその結果が必ずしも同じである必要はない」と明記されています。法務面では上限金利に抵触しないことを確認するため保守的(高めに算出)な前提が推奨される一方、会計上は公正価値の観点から合理的な前提を用いることが求められます。

(3)ベンチャーデットの仕訳──借入時・決算期の処理

区分法を適用した場合、借入時および各決算期の処理は以下のような構造になります。

【図3】区分法による仕訳イメージ

(1)借入時

新株予約権のオプション価値分だけ借入金の当初計上額が約定返済額を下回り、割引発行された社債と類似の状態になります。

借方金額貸方金額
現金預金融資額借入金融資額 − オプション価値
新株予約権(純資産)オプション価値
(2)各決算期(表面金利分)
借方金額貸方金額
支払利息約定利息額現金預金約定利息額
(3)各決算期(償却原価法による調整)

割引差額を融資期間にわたり支払利息として追加計上し、借入金の帳簿価額を約定返済額に近づけていきます。

借方金額貸方金額
支払利息償却額借入金償却額

※ 上記は処理の構造を示すものであり、具体的な金額は個別案件の条件によります

償却原価法とは、金融負債を債務額と異なる金額で計上した場合に、当該差額を弁済期に至るまで毎期一定の方法で取得価額に加減する方法であり、差額は支払利息に含めて処理されます(金融商品会計基準(注5))。

Tip

融資(借入金)の時価を直接算定する方法も考えられます。具体的には、融資の元利合計を「新株予約権が付されていなかった場合に設定されたであろうプレーンな借入金の金利」で割り引いて現在価値を算出する方法です。ただし、このような条件下の金利は金融機関に問い合わせても回答されないケースが実務上は多いです。

ベンチャーデットの会計処理を誤った場合の影響

ストック・オプション会計基準の未公開企業の特例を誤って適用し、新株予約権の価値を計上しなかった場合、損益計算書と貸借対照表の双方に影響が生じます。

【図4】会計処理の正誤による財務諸表への影響
正しい処理(区分法)誤った処理(SO基準13項を適用)
P/L(損益計算書)表面金利の利息 + 償却原価法による実質利息を計上 → 費用が適切に反映されます表面金利の利息のみ計上 → 費用が過少、利益が過大になります
B/S(貸借対照表)純資産の部に新株予約権を計上 → 純資産が適切に反映されます新株予約権が計上されない → 純資産が過小になります
IPO(バリュエーション)EPS×PERに基づく公開価格が正確に算定されます過大なEPSに基づき公開価格が不正確になります

(1)損益計算書(P/L)への影響

償却原価法による実質利息費用が計上されないため、費用が過少に、利益が過大に表示されます。

IPO時の公開価格は「1株当たり当期純利益(EPS)×類似会社のPER(株価収益率)」を基礎に算定されることが多いため、利益が過大計上されていると、バリュエーション全体が不正確になるリスクがあります。

(2)貸借対照表(B/S)への影響

新株予約権が純資産の部に計上されないため、純資産が過小に表示されます。自己資本比率等の財務指標にも影響します。

(3)過年度修正のリスク

上場審査の過程で会計処理の誤りが発覚した場合、金額的重要性によっては過年度の財務諸表を遡って修正しなければなりません。会計監査人未設置の段階で誤った処理を行っていた場合は、株主総会の承認手続が必要になるケースもあります。

IPO申請直前に発覚すれば、スケジュールの延期に直結する重大なリスクです。

ベンチャーデットを導入するIPO準備企業が今やるべきこと

(1)会計方針の早期確定

ベンチャーデットの導入を検討する段階で、会計・税務の論点を事前に整理することが重要です。監査法人(会計監査人)との協議は、契約締結前に行うことが望ましいです。

(2)オプション評価の体制整備

外部の算定機関への評価依頼、または社内での評価マニュアルの整備を検討してください。全銀協報告書で整理されたパラメータの考え方(株価の算定方法、ボラティリティの設定、権利行使条件の充足確率等)は、会計上の評価においても実務上の参考になります。

(3)予算への織り込み

表面金利だけでなく、オプション価値相当の実質利息費用を予算に反映する必要があります。IPO申請期は予実精度が厳しく求められるため、この費用を見落とすと予実乖離の要因になります。

(4)税務面の確認

区分法を適用した場合の割引差額が税務上も損金として認められるかは、別途の検討が必要です。法人税法施行令第136条の2「金銭債務の償還差損益」の規定等を踏まえ、国税当局や顧問税理士への確認を推奨します。

まとめ

全銀協報告書により法務面のハードルが下がり、ベンチャーデット(新株予約権付融資)は今後さらに普及が進むと見込まれます。一方、発行体側の会計処理については、会計基準の明確な定めがない部分があり、実務判断に委ねられている領域が残っています。

IPO準備企業が押さえるべきベンチャーデットの会計処理の要点は、次の3つに集約されます。

  • ベンチャーデットは金融商品会計基準に基づく複合金融商品として処理する
  • ストック・オプション会計基準の「未公開企業の特例」(本源的価値による評価)は適用できない
  • 区分法により融資部分と新株予約権部分を分離し、新株予約権のオプション価値を適切に算定する

会計処理の誤りはIPOスケジュールの延期に直結し得ます。ベンチャーデットの活用を検討する際には、契約締結前の段階で監査法人との協議を行い、会計・税務の論点を早期に確定させることを強く推奨します。


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執筆者

石塚 康一

Koichi Ishizuka

株式会社プライムコンサルティング 代表取締役/公認会計士

北海道大学農学部を卒業後、監査法人トーマツ 旧トータルサービス事業部入所。IPO監査に一貫して従事し、その後、野村證券投資銀行部門へ転職。公開引受部・法人営業部門にて、IPOアドバイザリーや、IPO準備企業の発掘、オファリングの支援等を行う。2024年、株式会社プライムコンサルティングを創業し、独立した立場からIPOの伴走を行う。

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