資本政策のアンチパターン① 創業者が株式を持たないまま経営を担う

資金調達・M&A・退職・上場 ― 節目のたびに問われる「誰が株を持っているか」


創業者の持株比率が低いこと自体を禁じる規定はありません。それでも問題になるのは、資金調達・M&A・退職・上場という4つの節目で、いずれも「誰が株を持っているか」が判断の前提になるためです。

この記事でわかること

  • 経営者が持分を持たない資本構成が、資金調達・M&A・退職・上場の各場面でどう問題になるのか
  • エンジェル・シードラウンドで持分の大部分を渡してしまった会社が、その後どこで行き詰まるのか
  • 設立から3年で上場した会社の持分推移を、開示資料でたどるとどう見えるか(実例)
  • 借入時の経営者保証、会社の売却、経営者の退任で、持分の有無がどう効いてくるのか
  • 是正に必要な資金が、ラウンドを重ねるごとにどの程度膨らむのか(モデルケース)
  • 出資者が支配株主・主要株主のまま上場した場合に生じる、上場制度上の追加的な手当て
  • 2026年に検討が進んでいる少数株主保護の制度見直しが、この構成に与える影響

この連載と用語について

資本政策のアンチパターンとは、スタートアップの事業運営のなかで繰り返し見られ、かつ後から是正することが難しい資本構成上の型を指しています。上場準備の局面で問題として持ち込まれることが多いものの、上場を目指すかどうかにかかわらず生じます。当てはまることが直ちに失敗を意味するものではありません。

共通しているのは、株式がいったん渡すと会社の側から一方的に取り上げられないものであるため、判断の是非がその時点ではなく、数年後の節目(資金調達・M&A・退職・上場)で現れるという構造です。

この回で使う用語の説明を開く
ラウンド
スタートアップが外部の投資家から資金調達を行う1回の機会。設立直後から順に、シード、シリーズA、シリーズB…と呼ばれ、1回ごとに新株を発行するため既存株主の持株比率はその都度下がります。
エンジェル投資家
創業間もない段階で自己資金を投じる個人投資家。金額は小さくとも、持株比率への影響は大きくなりがちです。
普通決議・特別決議
株主総会の決議要件。普通決議は出席株主の議決権の過半数、特別決議は出席株主の議決権の3分の2以上を要します(会社法第309条)。単独で何を決められるかは、この2つの閾値との関係で決まります。
資本政策表(キャップテーブル)
誰が何株を保有しているかを時系列で管理する表。将来の調達や新株予約権の発行を織り込んだ見通しを含みます。

1. 今回のアンチパターンは、具体的にどういう状態か

学生起業や、事業の担い手とは別に資金の出し手がいる形で始まった会社では、実際に事業を動かしている経営者が株式をまったく持っていない、あるいはごくわずかしか持っていないことがあります。設立時に資金を出した個人や法人が全株を引き受け、事業の担い手は役員として招かれた、という構成です。

創業当初、この形はむしろ合理的に見えます。事業の担い手に払込資金がないのであれば、出せる人が出すほかありません。問題は、その資本構成を前提にしたまま時間が経ってしまうことにあります。株主構成は、事業計画やガバナンス体制と違って、当事者全員の合意なしには後から変えられません。

日常の運営では、この構成が問題になることはあまりありません。表面化するのは、会社が節目を迎えるときです。追加の資金を調達しようとするとき、会社を売却する話が出たとき、経営陣の誰かが辞めるとき、そして上場を目指すと決めたとき。いずれの場面でも、最初に問われるのは誰が株式を持っているかです。また、設立時は持分を持っていた経営者が、最初の外部調達で大きく手放してしまう例も、行き着く先は同じです。


2. なぜ問題になるのか

2-1. 経営を続ける経済的な理由がない

持分のない経営者にとって、企業価値が上がっても自分の経済的利益にはほとんど結びつきません。手当ての手段は役員報酬とストックオプションに限られますが、ストックオプションは発行時期・行使価額・税制適格要件の制約を受けるため、後から十分な量を積み増すことは容易ではありません。IPOやM&Aなどのイグジットを想定している場合、イグジットまでの数年間の負荷を引き受ける理由が薄いまま走ることになります。経営者が途中で離脱すれば、事業計画の前提そのものが崩れます。

2-2. 支配権が経営の外側にある

大前提として、会社が実行できるコーポレートアクションの範囲は、議決権の分布によって決まります。取締役の選解任、役員報酬の総額、剰余金の配当といった普通決議事項は議決権の過半数で、定款変更、募集株式の有利発行、種類株式の発行、合併・会社分割・事業譲渡といった特別決議事項は3分の2以上の賛成で決まります。経営者が持分を持たないということは、これらの決定に自分の意思を反映させる手段を持たないということです。

日常的には、出資者との関係が良好であれば実務は回ります。問題が現れるのは、資金調達の条件、事業の方向転換、役員構成の変更といった、当事者の利害が一致しない場面です。そのとき経営者の側に交渉材料が残らない構造になっています。

議決権比率がどの水準を超えると何が生じるのかは、資本政策を引く最初の段階で押さえておく必要があります。上場を目指す場合は、これに上場制度上の閾値が重なります。

図表01
議決権保有比率に紐づく主な法令・規則上の閾値
50%超親会社・普通決議
会社を支配できる水準
取締役の選解任を含む普通決議を単独で可決できます。会社法上の親会社・支配株主に該当し得ます。
40%以上実質的な過半
議決権行使率を勘案すると過半に等しい
東証は、議決権保有比率40%以上の大株主を有する上場会社を、少数株主の賛否割合等の開示義務化の対象とする案を示しています(2026年1月時点の検討段階)。
3分の1超特別決議
特別決議を単独で阻止できる水準
定款変更、合併、事業譲渡等を否決できます。経営者側が確保を目指す最低ラインとされることが多い水準です。
30%以上公開買付規制
上場後の取得に公開買付規制が及ぶ水準
金融商品取引法上の30%ルールの対象となります。
10%以上主要株主
主要株主(金商法163条1項)
東証は、主要株主の業務執行者を独立役員として認めない方向で独立性基準の見直しを検討しています(2026年1月時点の検討段階)。
5%超大量保有
大量保有報告の対象
上場後、保有状況が継続的に開示されることになります。
東京証券取引所「東証説明資料①(少数株主保護に関する上場制度の見直し)」(2026年1月26日)の閾値整理をもとに作成。赤で示した2項目は検討段階の見直し案であり、内容が変わる可能性があります。

図表01:議決権保有比率に紐づく主な法令・規則上の閾値(東京証券取引所「東証説明資料①(少数株主保護に関する上場制度の見直し)」2026年1月26日の整理をもとに作成)

2-3. 気づく時期が遅いほど、選べる手段が減る

この問題に気づくのは、たいてい資金調達の途中か、上場準備が本格化してからです。その時点では株式の評価額がすでに上がっており、取り得る手段そのものが減っていきます。

図表02
経営者に持分を持たせ直すタイミングと、その時点で生じる論点
設立〜半年
株価水準:額面近辺
主な手段既存株主からの譲渡/追加の普通株発行
生じる論点当事者間の合意のみ
実行難易度:低
シード調達後
株価水準:直近ラウンド価格
主な手段譲渡/第三者割当
生じる論点払込資金の手当て、投資契約上の事前承諾
実行難易度:中
シリーズA以降
株価水準:優先株価格
主な手段実質的に税制適格SOのみ
生じる論点行使価額の高騰、希薄化への同意
実行難易度:高
申請直前々期以降
株価水準:上場を織り込んだ水準
主な手段移動は可能だが要説明
生じる論点Ⅰの部への取引単価・算定根拠の記載
実行難易度:極めて高
上場後
株価水準:市場価格
主な手段市場買付/株式報酬
生じる論点インサイダー規制、支配株主との関係の継続
実行難易度:極めて高
青=当事者の合意で完結しやすい段階/赤=取引所・投資家への説明が必要となる段階。株価水準は一般的な傾向を示したもので、個別の事情により異なります。

図表02:経営者に持分を持たせ直すタイミングと、その時点で生じる論点(筆者作成)

上場を目指す場合、申請の直前々期の期首以降に行われた特別利害関係者等の株式等の移動については、Ⅰの部に移動の状況を記載することになります。取引単価が記載の対象となるため、その水準をどう決めたのかについて、引受証券会社や取引所から説明を求められることがあります。後から静かに済ませられる性質のものではありません。


3. もうひとつの入り口 ― エンジェル・シードで過半を渡してしまう

経営者の持分が足りなくなる経路は、「最初から持っていない」だけではありません。数百万円から数千万円の初期の調達に対して、過半、ときには3分の2を超える株式を渡してしまう例があります。設立して間もない時期に企業価値を説明する材料が乏しく、出資を受けられること自体が優先された結果として起こります。

図表03
シードでの放出比率が、その後の創業者持分に与える影響
ケースA:シードで60%を放出した場合
設立時
100%
シード後
40%
シリーズA後
32%
シリーズB後
26%
シード直後の時点で普通決議の単独可決ができなくなり、以降のラウンド条件を自ら決められない立場になります。
ケースB:シードでの放出を15%に抑えた場合
設立時
100%
シード後
85%
シリーズA後
68%
シリーズB後
54%
シリーズB後も過半を維持できています。同じ調達回数・同じ希薄化率でも、最初の1回の設定で結果が分かれます。
シリーズA・Bの希薄化率をいずれも20%と仮定したモデルケース。ストックオプションによる希薄化は考慮していません。

図表03:シードでの放出比率が、その後の創業者持分に与える影響(モデルケース。筆者作成)

同じ回数・同じ希薄化率で調達しても、最初の1回の設定で結果は大きく変わります。シードで60%を渡した場合、その直後から普通決議を単独では可決できず、以降のラウンドの条件、役員構成、事業の方向性のいずれも、自分の意思だけでは決められない立場になります。

3-1. 次の調達が組めなくなる

より深刻なのは、次のラウンドに進めなくなることです。新たに出資を検討する投資家からは、経営陣の持分が薄いキャップテーブルは、経営陣が長期的に事業に取り組む動機が弱い構成として見られやすく、投資判断に影響すると一般に語られています。

加えて、初期の出資契約に置かれた条項が、追加調達そのものを妨げる場合があります。公正取引委員会と経済産業省が公表している「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」は、出資契約に係る問題事例として、出資者の事前の許可を得ずに他社から資金調達を行わないこと等の幅広い制限を課された例、新たな出資者から出資を受ける場合には既存の出資者との取引条件を著しく不利なものに変更する条件を追加され、新たな出資を受けることが事実上できなくなった例、最恵待遇条件が設定されていたために他の出資者が追加出資を見送った例を挙げています。

参考: 公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(令和4年3月31日策定、令和8年2月19日改正) https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/startup.html

比率を渡しすぎた会社ほど、こうした条項を受け入れざるを得ない交渉の位置に立たされます。資金が尽きかけた状態で契約に臨めばなおさらで、同指針も、資金が尽きる直前に出資契約が締結され、他の出資者との交渉を開始することが困難な状況を、不利益な要請を受け入れざるを得ない場合につながり得る例として挙げています。

3-2. 個人に及ぶ買取請求権

初期の出資契約には、契約違反等が生じた場合に出資者が株式の買取りを請求できる条項が置かれることがあります。この請求の相手方が発行会社ではなく経営株主個人とされていると、事業が行き詰まった局面で、経営者個人が買取代金の支払義務を負うことになります。

同指針は、経営株主等の個人に対する買取請求が可能な条項について、起業しようとする動機を阻害するとして、買取請求権の請求対象から経営株主等の個人を除いていくことが競争政策上望ましいという考え方を示しています。また、行使条件は重大な表明保証違反や重大な契約違反に明確に限定すべきであるとしています。契約時にこの点を確認していなかった場合、持分が薄いうえに個人債務のリスクだけが残ることになりかねません。

3-3. 悲しい結末の共通点

行き詰まった構成に共通しているのは、修正が経営者の努力では効かない点です。事業が伸びれば伸びるほど買い戻しの金額は上がり、伸びなければ買い戻す資金がありません。どちらに転んでも自力では戻せない構造になっています。

なお、同指針は、日本のスタートアップについて、経営株主が発行会社の株式を過半数保有し、所有と経営が一致している状態が多いと述べています。過半を早期に手放すことは、日本の実務では例外的な構成であるという認識を、最初のラウンドの時点で持っておく必要があります。


4. 実例 ― 開示資料で追える持分の推移

ここまでの話が実際にどう現れるのかを、公表資料で追える例で見ておきます。資金調達を重ねた結果として持分がどう動くのかは、上場会社であれば開示資料からたどることができます。ニュース配信アプリを運営する株式会社Gunosyは、東京大学大学院に在籍していた3名が2012年に設立し、2015年4月に東証マザーズへ上場した会社です。設立時には共同創業者3名がそれぞれ3分の1ずつを保有していたとされています。

図表04
共同創業者3名の持株比率の推移(株式会社Gunosy)
設立時(2012年)
一次資料では確認できず、3名で均等に保有していたとされる
共同創業者A
約33%
共同創業者B
約33%
共同創業者C
約33%
上場申請前(2015年2月時点の記載)
開示資料に基づく
共同創業者A
3.53%
共同創業者B
3.53%
共同創業者C
3.53%
退任した元共同代表
41.12%
事業会社
16.93%
ベンチャーキャピタル
10.16%
2025年11月時点
開示資料に基づく
共同創業者A
1.62%
共同創業者B
1.67%
共同創業者C
1.56%
退任した元共同代表
25.25%
事業会社
14.78%
株式会社Gunosyの有価証券報告書等における大株主の状況をもとに作成。バーの長さは発行済株式(議決権)に対する保有割合を示します。設立時の比率のみ公表資料では確認できないため、参考として掲載しています。個人株主は役割で表記しています。

図表04:共同創業者3名の持株比率の推移(株式会社Gunosyの開示資料をもとに作成)

上場申請前の時点で、共同創業者3名の保有割合はそれぞれ3.53%となっています。同じ時点で筆頭株主となっていたのは、2013年に共同代表として参画し、2014年8月に退任したとされる個人株主で、その保有割合は41.12%です。事業会社が16.93%、ベンチャーキャピタルが10.16%を保有しており、創業3名の合計を上回る比率が、創業メンバー以外の株主に渡っていたことになります。

上場後もこの構図は続いています。2025年11月時点でも共同創業者3名の保有割合は1.5%台から1.7%台にとどまり、元共同代表の個人株主が25.25%で筆頭株主の位置にあります。上場から10年を経ても、比率の関係は入れ替わっていません。

4-1. この事例から読み取れること

第一に、経営者の持株比率が低いことは、会社の成長や資金調達、上場そのものを妨げるものではありません。同社は設立から3年足らずで上場しています。前述のとおり、持株比率を定めた上場基準もありません。持分が薄いこと自体が失格事由になるわけではない、という点は押さえておく必要があります。

第二に、それでも支配権の所在は変わりません。創業3名の合計が5%前後、創業メンバー以外の個人株主が単独で25%という構成は、株主総会の決議において創業者側が主導権を持たない状態を意味します。

第三に、この状態が10年以上続いている点です。上場後は市場で買い増すか株式報酬を受けるほかに持分を増やす手段がなく、いずれも時間と資金を要します。第2章で述べた「時期が遅いほど選べる手段が減る」という性質は、上場後にも当てはまります。

なお、同社は上場を果たし、その後も事業を継続している会社です。ここで取り上げているのは資本構成の推移という一点であり、経営の巧拙や個々の当事者の判断を評価するものではありません。設立から3年で上場に至った経緯には、外部からの資金と人材の投入があったはずで、持分の希薄化はその対価という側面もあります。読み取るべきは、どの選択にも対価があり、その対価は資本構成という形で長く残るということだと考えています。

参考: 株式会社Gunosy 有価証券報告書等(大株主の状況) https://www.gunosy.co.jp/ir/library/


5. 問題が表面化する場面

持分を持たない経営者の問題は、上場審査という特殊な場面で初めて現れるものではありません。日常的な資金調達、会社を売却する場面、そして経営陣が入れ替わる場面で先に現れます。

5-1. 借入と経営者保証

金融機関からの借入にあたっては、代表者に個人保証を求められることが少なくありません。持分を持たない経営者がこれに応じる場合、企業価値が上がっても経済的な利益は受け取れない一方で、事業が行き詰まったときの債務だけを個人で負うことになります。上振れは他人のもので、下振れは自分のもの、という非対称な立場です。

「経営者保証に関するガイドライン」(日本商工会議所・全国銀行協会を事務局とする研究会が2013年12月に公表)は、法人と経営者の関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、経営の透明性確保を挙げ、これらが図られている場合には保証を求めない可能性等を検討することを金融機関に求めています。ただしこれは自主的な準則であり、実際に保証を外せるかどうかは金融機関との交渉によります。持分を持たない経営者が、自らの意思では動かせない資本構成を理由に交渉するのは容易ではありません。

参考: 経営者保証に関するガイドライン研究会「経営者保証に関するガイドライン」(2013年12月) https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline.pdf

なお創業期については、経営者保証を不要とする制度融資や信用保証の枠組みの整備が進んでいます。設立の段階で保証に頼らない資金調達を選べるのであれば、資本構成と保証の非対称の問題を両方とも避けられる可能性があります。

参考: 中小企業庁「経営者保証」 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/

5-2. M&Aによる売却

会社を売却する場合、対価は株主に支払われます。持分のない経営者の手元には、原則として何も残りません。他方で買い手は、事業の中核を担ってきた経営者に一定期間残ってもらうことを取引の条件にすることが通常です。

つまり、売却によって最も報われない当事者が、売却後の事業継続を最も強く求められる構造になります。経営者の側に売却を進める動機がなく、交渉が前に進まないまま時間が過ぎるという事態も起こり得ます。買い手側から見れば、キーマンの持分がゼロであること自体が、案件のリスク要因として認識されます。

5-3. 経営者・役員が辞めるとき

持分のない経営者が退任する場合、長く事業を担ったことに対して手元に残るのは、役員報酬と退職慰労金だけです。企業価値が何倍になっていても、そこには関与しません。逆に、退任した後も出資者の側は株式を保有し続けるため、会社との関係は続きます。

もうひとつは、持分を持っている創業メンバーが辞める場面です。買戻しの取決めがないまま離脱すると、事業に関与しない元役職員が株主として残ります。これは連載の別の回で扱う類型ですが、根はひとつで、辞めるときの扱いを決めていないことにあります。誰かが辞める可能性は創業時には想定しにくいものの、株主間契約や創業株主間契約で扱いを決めておけるのは、関係が良好なうちだけです。


6. 是正コストはどの程度膨らむのか

具体的な金額の感覚をつかむために、発行済株式1,000株の会社で、経営者が議決権の10%にあたる株式を既存株主から取得する場合を考えます。

是正のタイミング 想定される企業価値 1株あたりの評価額 10%(100株)の取得に必要な額
設立直後 500万円 5,000円 50万円
シード調達後 2億円 20万円 2,000万円
シリーズA調達後 15億円 150万円 1億5,000万円
上場申請の直前期 60億円 600万円 6億円

別表01:是正時期による取得コストの違い(モデルケース。筆者作成)

設立直後であれば個人の貯蓄で処理できる金額が、シード調達を1回挟んだだけで数千万円の規模になります。実行できるかどうかを決めているのは制度ではなく、その時点の企業価値です。

もっとも、実際の移動価額が直近ラウンドの1株価格でそのまま決まるとは限りません。個人間や同族関係者間の株式の移動では、財産評価基本通達を基礎とした税務上の評価額が参照されることがあり、その水準は直近の増資価格と一致しないことがあります。この差をどう扱うかは個別の事情によりますが、税務上の評価額のほうが低いからといって、投資家との関係でその価額が説明可能かは別の問題です。上場を目指す会社であれば、価額の決め方について後から問われる可能性も踏まえておく必要があります。いずれにせよ、税務上の評価額もまた企業価値の上昇とともに上がっていくため、早い時期ほど負担が小さいという結論は変わりません。


7. 上場審査・上場制度ではどう扱われるか

前提として、経営者の持株比率そのものを定めた基準はありません。グロース市場の形式要件は株主数・流通株式公募の実施などであり、経営者の持分は項目に入っていません。影響が出るのは実質審査基準の側です。東証はグロース市場の上場審査の内容として、企業内容等の開示の適切性、企業経営の健全性、コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性、事業計画の合理性、その他公益又は投資者保護の観点から必要と認める事項の5項目を示しています。

参考: 日本取引所グループ「上場審査基準概要(グロース市場)」 https://www.jpx.co.jp/equities/listing/criteria/listing/02.html

経営者と支配株主が別人格である場合、支配株主との取引や利益相反の有無、経営陣の継続性、事業計画を遂行する体制について、通常より踏み込んだ説明を求められる可能性があります。

7-1. 出資者が支配株主のまま上場する場合

出資者が議決権の過半を持ったまま上場する場合、その出資者は支配株主に該当します。支配株主又はその他の関係会社を有する新規上場申請者には、上場申請書類として支配株主等に関する事項を記載した書面の提出が求められます。上場後も、支配株主が関連する重要な取引等を決定する際には、支配株主からの独立性を有する者による意見の入手と、必要かつ十分な適時開示が企業行動規範上求められます。

参考: 日本取引所グループ「支配株主との重要な取引等に係る企業行動規範に関する実務」 https://faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/knowledge7790.html

7-2. 検討が進んでいる制度見直しの影響

東証は2026年1月26日の研究会において、少数株主保護に関する上場制度の見直し案を示しています。議決権保有比率40%以上の大株主を有する上場会社に対し、取締役選任議案についての少数株主の賛否割合等の開示を義務付ける案と、主要株主(議決権の10%以上を保有する株主)の業務執行者を独立役員として認めないこととする独立性基準の見直し案が含まれています。2026年春に制度要綱の公表とパブリックコメント、2026年12月以後に終了する事業年度に係る定時株主総会からの適用が予定されているとされています。

参考: 東京証券取引所「東証説明資料①(少数株主保護に関する上場制度の見直し)」(2026年1月26日) https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/study-group/nlsgeu000004acah-att/t13vrt000000h2uq.pdf

出資者が10%以上を保有したまま上場する構成では、その出資者側の人材を独立社外取締役に据えるという選択肢が将来的に取れなくなる可能性があります。出資者に経営の中身を理解した人材がいる会社ほど、この影響を受けやすいと考えられます。いずれも検討段階の案であり、最終的な内容は今後の公表を確認する必要があります。


8. 実務でどう手当てするか

取り得る手段は限られており、どれも早い段階ほど負担が軽くなります。

手段 使いどころ 留意点
既存株主から経営者への株式譲渡 評価額が低い創業初期 譲渡価額の算定根拠の整理。時価との乖離があれば課税関係の検討が必要
第三者割当による新株発行 経営者に払込資金があるとき 既存株主の希薄化についての合意形成
税制適格ストックオプション 株式そのものを動かしにくいとき 発行時期・行使価額の設定。議決権は行使まで生じない
株主間契約による議決権の手当て 持分構成を当面変えられないとき 経済的利益は移らず、支配権の問題も根本的には解決しない

別表02:持分を持たない経営者への手当ての選択肢(筆者作成)

このなかで実質的に効くのは最初の2つですが、いずれも企業価値が上がる前でなければ実行が難しくなります。事業の担い手が持分を持っていない、あるいは最初の調達で大きく減らしてしまった状態に心当たりがあるなら、上場を目指すかどうかにかかわらず、次の節目が来る前に手を付けておくべき論点です。次の調達ラウンド、借入の実行、あるいは誰かが辞めると言い出す前が、資金面でも説明の手間の面でも最後の機会になる可能性があります。


よくある質問

創業者が株式を持っていないと上場できませんか。

持株比率そのものについての形式的な基準はありません。ただし、経営の継続性や意思決定の体制について説明を求められる場面があり、また資金調達やM&Aの局面で交渉上の制約となることがあります。

創業者の持株比率はどのくらいが目安ですか。

一律の目安はありませんが、会社法上、普通決議は議決権の過半数、特別決議は3分の2以上で成立します。単独で何を決められるかは、この閾値との関係で変わります。

シードで過半数を放出してしまった場合、後から戻せますか。

買い戻すには相手の合意と資金が必要で、企業価値が上がるほど費用も増えます。早い段階であれば少額で済んだ是正が、ラウンドを重ねた後では大きな金額になります。


この連載の記事一覧

  • 第0回 後から直しにくい9つの型 資本政策のアンチパターン
  • 第1回 持分なき創業者(この記事)
  • 第2回 創業初期の均等出資 創業初期の均等出資
  • 第3回 退職者・離脱者に株式が残る 
  • 第4回 無計画な希薄化 
  • 第5回 早すぎる高いバリュエーション
  • 第6回 SOプールの設計不足・発行の遅れ
  • 第7回 親族・関係会社への株式分散
  • 第8回 種類株式の条項の整理漏れ
  • 第9回 上場直前期の株式移動

参考文献・一次資料一覧

会社開示資料

東京証券取引所・日本取引所グループ

法令・規則

  • 東京証券取引所「有価証券上場規程」「有価証券上場規程施行規則」「上場審査等に関するガイドライン」

政府・公的機関等


本記事は、IPO準備に携わる実務家向けに、資本政策上しばしば見られる類型とその実務対応を整理したものです。特定の個別事案を対象としたものではなく、記載内容は公表資料に基づいています。制度見直しに関する記述は2026年1月時点の検討段階の内容であり、実際の判断にあたっては最新の一次資料および専門家への確認をお願いします。

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執筆者

石塚 康一

Koichi Ishizuka

株式会社プライムコンサルティング 代表取締役/公認会計士

北海道大学農学部を卒業後、監査法人トーマツ 旧トータルサービス事業部入所。IPO監査に一貫して従事し、その後、野村證券投資銀行部門へ転職。公開引受部・法人営業部門にて、IPOアドバイザリーや、IPO準備企業の発掘、オファリングの支援等を行う。2024年、株式会社プライムコンサルティングを創業し、独立した立場からIPOの伴走を行う。

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