「スリム化」の狙いは形式対応の一掃。IPO実務家が読み解くべき四つの論点


この記事でわかること

  • 2026年4月に公表されたコーポレートガバナンス・コード改訂案の骨子と、7月をめどとした改訂スケジュール
  • コンプライ・オア・エクスプレインの対象が「基本原則・原則」に絞られ、補充原則が「解釈指針」に置き換わる構造変更の意味
  • スリム化が負担軽減ではなく「実質化」を狙ったものであること、そして丁寧なエクスプレインが求められる背景
  • グロース市場を目指す新興企業を含め、上場準備段階のガバナンス設計に何を織り込むべきか

1. 何が公表されたのか

金融庁と東京証券取引所は2026年4月10日、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の改訂案を公表しました。意見募集は5月15日で締め切られ、東証の公表資料によれば、改訂は2026年7月をめどに実施され、改訂を踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の提出期限は2027年7月末日とされています。CGコードは2015年の適用開始以降、2018年、2021年と改訂されており、今回は2021年以来5年ぶり、3度目の改訂にあたります。

参考: 金融庁「コーポレートガバナンス・コード改訂案の公表について」(2026年4月10日) https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260410.html 参考: 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードの改訂について」(2026年4月10日) https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/20260410-01.html

改訂案のポイントは、①CGコードのプリンシプル化/スリム化、②有価証券報告書の総会前開示、③経営資源の適切な配分、④取締役会事務局の機能強化、の四つです。

図表01
改訂案の四つの柱とIPO実務での意味
1
プリンシプル化/スリム化
コンプライ・オア・エクスプレインの対象を基本原則・原則に限定し、補充原則を廃止。実務上の具体的内容は対象外の解釈指針へ。
IPO実務では:形式的な「実施」記載では通用しにくくなり、コーポレート・ガバナンス報告書での説明の密度が上がる。
2
有価証券報告書の総会前開示原則1-2ほか
有報を定時株主総会前(総会の3週間以上前が最も望ましい)に提出することを、議決権行使環境の整備として位置づけ。
IPO実務では:新規上場後の初回定時株主総会に向けた開示スケジュールの設計に影響する。
3
経営資源の適切な配分原則4-1・4-2
成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産・事業ポートフォリオ等)を含む資源配分を取締役会が説明し、適切かを不断に検証。
IPO実務では:上場時の資金使途・資本政策の説明と地続きの論点になる。
4
取締役会事務局の機能強化原則4-14
議題整理・事前説明・執行と監督の橋渡しを担う能動的な機能(コーポレートセクレタリー等)として位置づけ。
IPO実務では:上場準備段階のガバナンス設計に、庶務ではなく機能として織り込む余地がある。

図表02:改訂案の四つの柱とIPO実務での意味(金融庁・東証「コーポレートガバナンス・コード改訂案」に基づき作成)

このうち報道でも大きく扱われたのが、①のスリム化に伴う原則数の大幅削減です。現行のCGコードは基本原則5個、原則31個、補充原則47個の計83個で構成されていますが、改訂案では基本原則4個、原則26個の計30個に整理されました。日本経済新聞は、この見直しについて日本取引所グループ(JPX)の山道裕己CEOが「細則主義みたいになってきたという批判があった」と説明したと報じています。

数字だけを見ると大幅な削減ですが、構造の変化を押さえる必要があります。改訂案は、上場会社が実施するか実施しない理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象を基本原則と原則のみとし、これまでの補充原則に代えて、コンプライ・オア・エクスプレインの対象ではない「解釈指針」を新設しました。従来の原則・補充原則のうち、重要性の高いものは原則へ、実質的な対応を期待するものは解釈指針へ振り分けられ、実務への浸透が進んだものや法令と重複するものは削除されています。

図表02
コーポレートガバナンス・コードの構成の見直し
コンプライ・オア・エクスプレインの対象対象外(実質的な対応を期待)
現状
基本原則5
原則31
補充原則47
対象 計83
統合
整理
改訂案
基本原則4
原則26
解釈指針新設
対象 計30
補充原則は廃止され、実務上の具体的な内容は対象外の「解釈指針」へ移されます。対象は約6割減りますが、現行の原則・補充原則のうち51個は要素として改訂案に残っているとされ、単純な削減ではなく再整理と位置づけられています。

図表01:コーポレートガバナンス・コードの構成の見直し(金融庁・東証「コーポレートガバナンス・コード改訂案」に基づき作成)

ここで留意すべきは、削除された原則ばかりではないという点です。大和総研の分析によれば、現行の原則・補充原則のうち、改訂案にコンプライ・オア・エクスプレインの対象として要素が残っているものは51個あるとされています。原則の付番も組み替えられているため、現行のどの原則がどこへ移ったのか、改訂案に付された対応早見表で確認しておく必要があります。

参考: 藤野大輝・矢田歌菜絵「コーポレートガバナンス・コードの改訂案が公表 本質的な取組みと丁寧なエクスプレインが期待される」(大和総研レポート、2026年4月27日) https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20260427_025733.pdf


2. 実務家として注目すべき論点

2-1. 「スリム化」はイコール負担軽減ではない

原則数が6割減ると聞けば、対応負担が軽くなるという受け止めが生じがちです。ただ、改訂案の序文や関連する参考資料を読む限り、今回の再整理は企業の負担軽減のみを意図したものではなく、形式的な対応を避けて実質を図るためのものと位置づけられていると考えられます。

改訂案では、コンプライ・オア・エクスプレインの対象となる原則の内容を抽象的・概念的なものに絞り込む一方で、各原則の実効的な実施を支える具体的な内容や趣旨は解釈指針に移されました。原則をルールと捉えて名目上のコンプライを目指すのではなく、原則の趣旨を理解したうえで、各社の戦略や状況に応じた説明を行うことが求められる構造になっています。関連資料では、原則にコンプライする場合であっても、その理由や取り組みを丁寧に説明する「コンプライ・アンド・エクスプレイン」が望ましいとされている点も、従来の運用からの変化として押さえておきたいところです。

実務的には、コーポレート・ガバナンス報告書で「実施」とだけ記載して済ませてきた項目について、なぜそう対応しているのか、自社の状況に照らしてどのような意味を持つのかを言語化する作業が増える可能性があります。原則の数は減っても、一件あたりの説明の密度は上がると見ておくのが妥当でしょう。

2-2. 成長投資と経営資源の配分を、取締役会が語れるか

改訂案でIPO実務との関わりが深いのが、③経営資源の適切な配分です。取締役会の役割を定める原則4-1には、経営戦略・経営計画の策定・公表にあたって「成長の実現を目指し」という文言が新たに加えられました。設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資や、事業ポートフォリオの見直しといった経営資源の配分について、具体的に何を実行するのかを説明することが求められています。

さらに原則4-2では、経営資源の配分が経営戦略・経営計画に照らして適切かを取締役会が不断に検証すべきことが明記されました。解釈指針では、その検証ポイントとして「現預金等の金融資産や実物資産等の経営資源を成長投資等に有効活用できているか」が例示されています。この「現預金」の書きぶりは有識者会議で議論が分かれた論点で、当初案では現預金のみが例示されていましたが、企業の自主性を損なうおそれがあるとの反対意見を踏まえ、最終的な改訂案では金融資産の一例にとどめる形に落ち着いたとされています。

経営理念から成長の道筋、経営戦略、そして経営資源の配分までを一貫したストーリーとして示し、その配分が成長に資するものかを取締役会が検証する、という流れが想定されていると考えられます。

2-3. 取締役会事務局を「庶務」から「機能」に

④取締役会事務局の機能強化は、原則4-14に盛り込まれました。社外取締役の比率が高まるなかで、監督する立場の社外役員に適切な情報を届け、議論を実効的なものにする支援体制が重要になるという問題意識が背景にあります。

解釈指針では、取締役会資料を会日に十分先立って共有すること、審議項目数や開催頻度・審議時間を適切に設定することなどが例示され、そのうえで取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)が、議題の整理や事前説明、執行側と監督側の橋渡しといった能動的な役割を担うことの重要性が説かれています。準備・運営・管理といった事務的な役割にとどまらない位置づけが与えられている点が特徴です。


3. IPO準備企業・上場会社への示唆

3-1. グロース市場でも「他市場事」ではない

CGコードの適用範囲は市場区分で異なります。プライム市場スタンダード市場は基本原則・原則が対象(プライムはさらに高い水準が求められる)で、グロース市場は基本原則のみが対象です。この枠組みは今回の改訂案でも維持される見込みで、グロース市場に上場する新興企業がコンプライ・オア・エクスプレインの対象とするのは、改訂後の基本原則4個ということになります。

図表03
市場区分別のコーポレートガバナンス・コード適用範囲
基本原則+原則さらに高い水準が求められる
独立社外取締役の比率など、上位の対応が期待される。改訂案は資本コストや資源配分の実質的な説明を一段と促す。
基本原則+原則全原則が対象
現行でも全原則が対象。全原則適用の「中身」を実質化する圧力が強まる方向にある。
基本原則のみ改訂後は4個
直接の対象は狭いが、基本原則1に株主との対話が組み込まれ、東証はグロース改革と成長投資をコード改訂に連動させる方針を示している。
コンプライ・オア・エクスプレインの対象範囲を示す。適用対象が基本原則のみのグロース市場でも、上場審査ではガバナンスの実態が問われる。

図表03:市場区分別のコーポレートガバナンス・コード適用範囲(東京証券取引所の市場区分に基づき作成。基本原則数は改訂案による)

ただ、直接の適用範囲が狭いことをもって関係が薄いと捉えるのは早計でしょう。改訂案では基本原則そのものに株主との対話の視点が組み込まれるほか、東証はグロース市場改革における成長分野への投資の加速を、CGコード改訂と連動させる方針を示しているとされています。原則4-1が求める「成長の道筋」と経営資源配分の説明は、グロース市場が上場審査で求める「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示」と、実質的に地続きの論点です。上場準備の早い段階から、成長ストーリーと資本政策を投資家に語れる体制を整えておくことは、市場区分にかかわらず意味を持つと考えられます。

3-2. コーポレート・ガバナンス報告書は「作り直し」に近いが、今後の改訂要検討

すでに上場している会社にとって、原則の付番と構成が大きく変わることの実務的なインパクトは小さくありません。現行の原則がどの原則・解釈指針に移ったのかを対応早見表で確認したうえで、コーポレート・ガバナンス報告書の記載を組み替える作業が必要になります。改訂後のコードに基づく報告書の提出期限は2027年7月末日とされているため、時間的な余裕はあるものの、単なる付番の付け替えではなく、2-1で触れた「説明の密度」を高める見直しとして捉えておくのが実務的でしょう。

3-3. 上場準備段階のガバナンス設計に織り込む

上場準備企業にとっては、ガバナンス体制を一から設計できる局面であることが、むしろ機会になります。取締役会事務局の機能を、上場対応のための庶務部門としてではなく、議題整理と執行・監督の橋渡しを担う機能として最初から設計しておくことは、改訂案の方向性と整合的です。また、上場時の資金調達において資金使途や資本政策を説明する場面は、原則4-1・4-2が求める成長投資と経営資源配分の説明と重なります。エクスプレインを前提に自社の言葉で戦略を語れるかどうかは、主幹事証券や東証の審査における実質面の心証にも関わってくると考えられます。

形式を整えることが目的化していたガバナンス対応は、今回の改訂でその通用度が下がる方向にあります。上場準備の段階から、なぜその体制を選ぶのかを説明できる状態をつくっておくことが、改訂の趣旨に沿った備えになるでしょう。


参考文献・一次資料一覧

政府・公的機関

東京証券取引所・日本取引所グループ

調査機関・報道

  • 藤野大輝・矢田歌菜絵「コーポレートガバナンス・コードの改訂案が公表 本質的な取組みと丁寧なエクスプレインが期待される」(大和総研レポート、2026年4月27日) https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20260427_025733.pdf
  • 日本経済新聞「企業統治指針、改訂で原則の数6割削減 『細かすぎ』金融庁の反省(解説ガバナンス指針①)」(2026年7月2日)

本記事は、IPO準備に携わる実務家向けに、コーポレートガバナンス・コード改訂案の概要と実務上の論点を整理したものです。記載内容は公表資料・報道等に基づいており、原則の付番・文言を含む確定的な内容については、改訂後の確定版および一次資料をご確認ください。

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執筆者

石塚 康一

Koichi Ishizuka

株式会社プライムコンサルティング 代表取締役/公認会計士

北海道大学農学部を卒業後、監査法人トーマツ 旧トータルサービス事業部入所。IPO監査に一貫して従事し、その後、野村證券投資銀行部門へ転職。公開引受部・法人営業部門にて、IPOアドバイザリーや、IPO準備企業の発掘、オファリングの支援等を行う。2024年、株式会社プライムコンサルティングを創業し、独立した立場からIPOの伴走を行う。

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