はじめに──IPO準備で必ず聞かれる「兼務」の問題
「うちの社長・取締役、別の会社の取締役もやっているんですが、上場審査で問題になりますか?」 「非常勤役員の兼務数は他社兼務数はどのくらいが目安ですか?」
証券会社の公開引受部時代や、IPOコンサルティングの現場、特に上場準備初期のタイミングで、かなり多い質問のひとつです。 この質問については、結論から言えば、常勤か非常勤かで判断は大きく異なります。常勤取締役であれば「原則」(あくまでも「原則」であり、後ほど「例外」はご説明します)として他社兼務はNGですし、非常勤役員であれば、兼務自体は問題になりにくいものの、無尽蔵に兼務先を増やすことはできません。当然、非常勤役員であっても、兼務の「数」には注意が必要です。
本記事では、上場審査上の役員兼務の考え方、実務上認められる例外パターン、議決権行使助言機関の基準、そしてⅡの部・各種説明資料での記載実務まで、実務経験をもとに整理します。
この記事でわかること
東証の基本スタンス──2つの確認軸
東証が発行する「新規上場ガイドブック」では、役員の兼職・兼任について次のような考え方が示されています。
Important
申請会社の役員が他の会社等の役職員等と兼職関係にある場合については、まず、取締役会への出席状況などから、当該役員がその求められる監督機能を十分発揮しているかどうかを確認するとともに、常勤役員については、その業務の執行の機動性が損なわれていないかどうかを確認します。 ── 東証「新規上場ガイドブック」より
つまり、東証の審査は「監督機能の発揮(取締役会出席率等)」と「業務執行の機動性(常勤役員が他の業務に時間を取られていないか)」の2軸で行われます。非常勤役員であれば前者のみが問われますが、常勤役員は両方がチェックされるため、ハードルが格段に上がるわけです。
なお、これはあくまでも東証の考え方です。主幹事証券会社の引受審査においては、東証以上に厳しい判断がなされるケースもあるため、早い段階で主幹事にも相談しておくことが重要です。
常勤取締役の兼務──原則NG、例外は限定的
原則:他社の兼務は認められない
常勤取締役(代表取締役、取締役副社長、専務取締役、常務取締役等)には「専任性」が強く求められます。言うまでもないことかもしれませんが、IPOを目指す以上、会社の経営に専念すべきという考えのもと、自社グループ外の他社の社員や役員を兼務している場合、上場審査で必ず論点になります。これは役員自身が持っている会社の代表に就任している場合でも同様です。
主幹事証券会社や東証の審査担当者は、「その兼務にどのような必要性があるのか」「自社の業務執行に支障はないのか」「自社に事故が発生した場合に緊急時対応が本当に阻害されないか?」という観点から質問してきます。合理的な説明ができなければ、上場申請までに兼務の解消を求められるのが通常です。
例外(1):資産管理会社の代表・取締役
実務上、ほぼ問題にならないのが資産管理会社の代表・取締役兼務です。
オーナー経営者が自身の資産管理を目的として設立した会社(いわゆるプライベートカンパニー)の取締役を兼務しているケースは非常に多く見られます。資産管理会社は実質的な事業活動を行っておらず、業務執行の負担がほぼ発生しないため、上場審査上も問題になりません。Ⅱの部や各種説明資料に兼務として記載は必要ですが、「資産管理目的の会社であり、実質的な業務負荷は生じない」と説明すれば足ります。
例外(2):非常勤性の高い役職──東証への事前相談が必須
筆者が支援した事例では、社長や常勤取締役が上場会社の社外取締役や大学の非常勤講師を兼務しているケースで、東証への事前相談を経て認められたことがあります。
これらに共通するのは、いずれも業務負荷が限定的で「非常勤性が高い」という点です。たとえば、上場会社の社外取締役が認められた事例は、月1回程度の取締役会出席と年数回の委員会出席等が中心であった事例で、日常的な業務執行への影響は極めて小さいと説明したうえで、兼務することにより、上場会社のガバナンスを学ぶことができる旨を説明できます。大学の非常勤講師も同様で、週に数コマの講義を担当する程度であれば、申請会社の業務に支障を来す可能性は低いと判断されます。
ただし、これらはあくまで東証への事前相談を経た上での判断です。「非常勤性が高いから大丈夫だろう」と自己判断せず、必ず主幹事証券会社を通じて東証に確認を取るようにしてください。 当然、アドバイザリー契約が正式化し、公開引受部とのコミュニケーションが開始した際には「役員の経歴」は真っ先に確認されるかと思いますが、不安や懸念がある場合、より早い段階、例えば、正式な契約前であっても、カバレッジ担当者等に先んじて確認ができるとよいかもしれません。
非常勤役員の兼務──原則OK、ただし「数」に注意
社外取締役・社外監査役の兼務は前提
社外取締役は、その性質上、他社の役員を兼務していることが通常です。弁護士、公認会計士、大学教授、他社の経営経験者など、本業を持ちながら社外役員に就任するのが一般的ですから、兼務自体が上場審査で問題になることはほとんどありません。ただし、以下の点などは留意が必要です。
兼務社数の目安──議決権行使機関「ISS・Glass Lewis」の基準を参考に
兼務が認められるとはいえ、無制限にOKというわけではありません。当然、上場会社の役員の立場が与えられるわけですから、ガバナンスを発揮するために、十分な時間、リソースを割けるかどうかはチェックされます。なお、上場後を見据えると、議決権行使助言機関の「オーバーボーディング(過剰兼務)」基準を意識しておく必要があります。
| 基準策定機関 | CEO・執行役員の上限 | 非執行取締役の上限 |
|---|---|---|
| ISS | 自社含め3社まで(外部2社) | 5社まで |
| Glass Lewis | 自社含め2社まで(外部1社) | 5社まで |
| BlackRock(参考) | 外部1社まで | 4社まで |
| 日本取締役協会(2014年提言) | 自社を含め4社まで | |
※ISS・Glass Lewisは米国基準。上限を超える候補者の選任に反対推奨を出す。BlackRockは近年4社に引き下げ(引き上げかもしれませんが)。
ISS・Glass Lewisともに、非執行取締役(社外取締役等)については、5社を上限としています。これを超えると、当該取締役候補者の選任議案に対して反対推奨が出される可能性があります。なお、こちらは「上場会社」の役員兼務に関する数字であることに留意が必要ですが、非上場会社の兼務であっても大きく兼務制限のイメージは変更ありません。
日本国内では、少し古いですが、日本取締役協会が2014年に「上場会社の独立取締役及び独立監査役は、自社以外に3社を超えて他の上場会社の取締役又は監査役を兼任してはならない」(自社を含め4社まで)と提言しています。
コーポレートガバナンス・コードの規定
コーポレートガバナンス・コード(補充原則4-11②)でも、取締役・監査役が他の上場会社の役員を兼任する場合には「その数は合理的な範囲にとどめるべき」とされており、兼任状況の毎年の開示が求められています。
大和総研レポート(2025年10月):日本にも兼務数上限基準の導入が議論中
2025年10月、大和総研は「議決権行使における取締役兼務数基準の今後」と題するレポートを公表し、ISSが日本市場にも取締役の兼務数上限基準の新設を検討していることを指摘しました。レポートによれば、投資家サイドからはこうした基準に肯定的な意見が多い一方、上場会社サイドからは「基準は不要」とする声も少なくないとのことです。
現時点ではまだ正式導入には至っていませんが、将来的に日本のIPO企業にも影響が及ぶ可能性があり、動向を注視しておく必要があります。
Ⅱの部・各種説明資料での記載実務
上場申請書類において、役員の兼務は複数の箇所で記載が求められます。
記載が必要な箇所と内容
| 書類 | 該当セクション | 記載内容 |
|---|---|---|
| Ⅱの部 (プライム・スタンダード) |
役員の状況 | 兼務先の会社名・役職名、兼務の理由、申請会社の業務への影響の有無 |
| 各種説明資料 (グロース) |
役員の状況に関する説明 | 同上。加えて、利益相反の有無、競業関係の有無についても説明 |
| Ⅰの部 (有価証券届出書) |
役員の状況 | 兼務先の会社名・役職名(法定開示) |
審査で問われるポイント
兼務がある場合、審査質問や面談で必ず確認されるのは以下の3点です。
- 兼務の理由と経緯:なぜその役職に就いているのか。事業上、ガバナンス上のシナジーがあるのか、個人的な関係か。
- 業務への影響がないことの説明:取締役会への出席率(常勤・非常勤ともに100%が前提)、日常業務との時間的な両立。
- 利益相反・競業の有無:兼務先と申請会社の間に取引関係や競合関係がないか。ある場合はその管理体制。
特に常勤取締役の兼務がある場合は、Ⅱの部や各種説明資料において「なぜ兼務が必要なのか」「解消の予定はあるか」まで踏み込んだ説明が必要になります。
まとめ:実務上のアクションポイント
Tip
- 常勤取締役に兼務がある場合:資産管理会社であれば問題なし。それ以外は原則解消が必要。非常勤性の高い役職については、主幹事証券を通じて早期に東証へ相談する
- 非常勤役員の兼務社数:ISS・Glass Lewisの基準である5社を目安に管理する。上場後の議決権行使リスクを踏まえ、可能であれば4社以内に収めることが望ましい
- 申請書類の記載:兼務の「理由」と「業務への影響がないこと」を丁寧に説明する。取締役会出席率は数値で示す(当然100%が前提とはなります。)
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